クリスチャンとして考えていること

クリスチャンとして考えていること

教会の中の人間関係で傷つけられないために(その5)

今日は(その4)の続きです。<牧師とのトラブルの例> 性犯罪ほど深刻ではなくても、いろいろなトラブルが教会員と牧師との間で起こる可能性があります。●パワハラ 一般社会で見られるようなパワハラが教会内でも起こります。 (その2)で書いた私の経...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その4)

<聖職者の性犯罪は珍しいことではないのかも知れない。> 私の感覚では、カトリックも含めた国内の教会の聖職者の性犯罪がメディアで報道されるのは数年に1度ぐらいだと思います。 性犯罪は、被害者がおおやけになることを望まないため、そのほとんどは報...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その3)

<教会はカルト化する可能性がある> 牧師と信徒の関係は絶対的な強者と弱者の関係と言えると思います。 牧師は教える者で、信徒は教えられる者です。 牧師は神の側に立つ者で、信徒は一般の人間です。 牧師は信徒の秘密を知る者で、信徒は秘密を握られる...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その2)

<私の経験したある教会> 私は一時期あるプロテスタント教会に属していました。 その教会の牧師は熱心に神様に仕えていて、教会員もみんな熱心でいい教会だと思っていました。 私もその先生を尊敬していて、教えられることにできるだけ忠実に従っていこう...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その1)

「毎日が大吉です。」のシリーズが昨日で終わったので、今日からは新しいシリーズを始めます。 「教会の中の人間関係で傷つけられないために」です。 ひょっとしたらかなりショッキングなタイトルと思われるかも知れませんね。 教会に行ったことがない人は...
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毎日が大吉です。(その11)

いろいろな視点から、私たちに起こってくる逆境、苦難について考えてきました。 各記事の要点を一言ずつで列記します。(その1)神様の計画は私たちに将来、平安、希望を与えるためのもの。(その2)不幸なできごとの原因は自分ではない。(その3)神様は...
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毎日が大吉です。(その10)

<神様は、私たちにあえて「弱さ」を与えられる。> 今日は(その9)の続きです。 聖書の一部を引用します。7,また、その啓示があまりにもすばらしいからです。そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が...
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毎日が大吉です。(その9)

<私たち一人ひとりは体の別々の器官のようなもの> 今日は(その8)の続きです。 少し長いのですが、聖書の一部を引用します。12,ですから、ちょうど、からだが一つでも、それに多くの部分があり、からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つの...
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毎日が大吉です。(その8)

今日は(その7)の続きです。<喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。> 聖書の中に次の言葉があります。 喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。(ローマ人への手紙12章15節) ある先生の講演で聞いたのですが、...
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毎日が大吉です。(その7)

今日は(その6)の続きです。<神様は愛する子に試練を与える。> 聖書の中に次の言葉があります。5,そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱...