クリスチャンとして考えていること

クリスチャンとして考えていること

教会の中の人間関係で傷つけられないために(その15)

この「教会の中の人間関係で傷つけられないために」のシリーズは、(その1)で少しふれましたが、特に、以下のような人のためにと思って書いています。 (1) 教会に足を踏み入れてまだ日が浅い人(以下、日浅さんと呼びます。) (2) クリスチャンに...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その14)

<神様は結果ではなく、動機や過程を見られる。> (その10)で書きましたが、人はほかの人の心の中を見ることができません。 なので、人がほかの人を評価する時には、行動やその結果を見て評価することになります。 顕著なのはプロのスポーツの世界です...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その13)

<父なる神様のイメージは自分の実の父親との関係から強く影響を受ける。> クリスチャンが、父なる神様に対して持つイメージは、実の父親がどんな人だったか、また、実の父親との関係がどうであったかに強く影響を受けるそうです。 自分の実の父親が、厳し...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その12)

<クリスチャン生活は「修行」ですか。> 大辞林 第三版によると「修行」とは  生理的欲求を禁じて精神および肉体を鍛錬することにより、精神の浄化や神的存在との合一を得ようとする宗教的行為。だそうです。 クリスチャンでも「修行」のようにクリスチ...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その11)

<あなたの教会は会社のようになっていませんか。> (その10)で「会社で、業務や経営上の改善をするために、いろいろな活動を客観的な数字にして、PDCAサイクルを回すのは、有効なやり方だと思います。 ですが、教会内の活動や教会員個人の評価のた...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その10)

<教会員を評価する客観的尺度について> 人には、目に見えるものがあると安心しやすい、落ち着くという性質があるようです。 どんな宗教でも、何もないところで拝むのではなく、何かしら目に見えるものが置かれていることが多いのではないでしょうか。 仏...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その9)

<絶対守れない律法があるのはなぜ?> (その8)で本来の律法を人間は本当の意味では絶対に守ることはできないと書きました。 そう言われると、きっと、こういう疑問が起こってくるでしょう。 なぜ神様は守ることのできない難しい決まりを人間に与えられ...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その8)

パリサイ人について考えることは、教会の中で起こる諸問題を読み解く上で重要ではないかと思うので、今日もその続きをします。<パリサイ人の問題の本質> 神様は旧約聖書の時代に、多くの戒め、決まりを人間に与えられました。 その中でも一番中心にある、...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その7)

<パリサイ人の特徴、イエス様の特徴> 今日はパリサイ人の特徴とイエス様の特徴を対比させて考えていきます。 パリサイ人の特徴は以下のようなものです。 (1)罪を指摘して責める。 (2)突き放す。 (3)苦しんでいる人、悲しんでいる人に寄り添わ...
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教会の中の人間関係で傷つけられないために(その6)

(その2)から(その5)では牧師から傷つけられることについて考えてきました。 (その6)からは教会員どうしのトラブルについて考えていきます。 教会員どうしのトラブルについて考えるにあたって、「パリサイ人」という言葉が一つのキーワードになるよ...